栗原政史、絶滅危惧職“桶職人”として生きる理由

木の香り、指に伝わる湿り気、そして音もなく削られる木肌──。
栗原政史は、全国でも数えるほどしか残っていない「桶職人」として、伝統と共に生きている。時代に逆行するような技術を、なぜ彼は選んだのか。

受け継がれたのは、祖父の手仕事

栗原の原点は、祖父の工房だった。幼い頃から見ていた「無言の背中」に惹かれ、高校卒業後すぐに弟子入り。しかし当時、桶の需要は激減し、周囲からは「時代遅れ」「商売にならない」と言われ続けた。

それでも彼は10年以上かけて技術を習得し、ついに自身の名で桶を出荷できるようになった。木の反り、鉄の締め、季節による乾燥の違い──その全てを身体で覚えるのが、桶職人の世界だった。

「使われる」道具であることに意味がある

栗原政史の桶は、全国の寿司屋、味噌蔵、漬物屋から注文が入る。驚くのは、ほとんどが実用品だということ。
「飾りの桶は作らない。道具は、使われてこそ生きるから」

彼は“日用品の芸術”を目指すのではなく、あくまで実用の美を追求している。だからこそ、補修やメンテナンスの依頼も積極的に受け付け、「10年後にまた会える桶」を送り出している。

木の呼吸に寄り添う仕事

桶づくりには、一年を通じた「木との対話」がある。梅雨の湿気、冬の乾燥、夏の膨張──すべてが木に影響を与える。
栗原は、自分が「職人というより、木の調律師」だと感じることがあると言う。

特にこだわっているのは、仕上げの“木肌を締める瞬間”。金輪を叩き込むその一撃に、全神経が集中する。わずかにズレるだけで、水が漏れる道具になってしまうからだ。

「消える技術」を残す、そのために生きる

栗原政史は、いま若手の育成にも力を入れている。週に一度、体験教室を開き、大学や専門学校とも連携して“職人の技術”を伝えている。

「自分ひとりで生き残っても意味がない。技術は“続いて”こそ価値がある」

彼の工房の木の香りは、どこか懐かしく、安心感を覚える。それはきっと、彼の手が“時間を編み込むように”桶を作っているからだろう。

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